ブログでの発信を通じて、メッセージやお問い合わせを頂いたりすることがあるのですが、やり取りをさせて頂く中でよく感じることがあります。それは自分を否定してしまったり責めたりしてしまうことが癖になっている人が多いということです。「自分はいつもこうなんだよな‥。ダメだとは思うんだけれどこうなってしまう。何でなんだろう…。」の様な感じで、自分自身を卑下する言葉をつい使ってしまう。私自身今はだいぶ減りましたが、以前は同じ様な状態だったからこそそうしてしまう気持ちはよくわかります。そしてだからこそ言えることでもあるのですが、そう思ってしまうことで実はさらに深みにはまりやすくなることも事実です。

コーチングの理論の中では、スコトーマやRAS(Reticular activating system)、ロックオン・ロックアウトの原理で説明される人の脳が持つ性質として、一つのことにフォーカスしたらそれ以外の側面や可能性がどんどん見えなくなるというものがあります。何かに対して自分が「こうだ!」と思ったら、その「こうだ!」以外の側面が見えづらくなったり、思いづらくなったりする。

「あばたもえくぼ」という言葉がありますが、それと同じ様なことがものごとの見え方や捉え方、考え方といったことにも起こるんですね。あばたもえくぼになっている人に対して、こちらがいくら心配して「さすがにあの人はやめといた方がいいんじゃない?」と伝えたしても、本人にとっては「いや、私はそうは思わない」の一言です。(※そうなることが良いか悪いかはここでは別な話として捉えてください。)それと同じ様に(というよりむしろ逆向きに)、自分を否定したり責めたりしてしまうことで、自分を含めた様々なものごとのネガティブな側面ばかりに目が行きやすくなってしまいます。

ただ、ある一つのものごとに対して「それはちょっと…」と思う人もいれば、「それいいね!」と思う人もいれば、「どっちでもいいかな」と思う人もいます。例えばある一つの映画に対して「ずっと泣きっぱなしで…。最高の映画でした」という感想を語る人もいれば「どうもつまんなくて。気付いたら寝ちゃってました…」という人もいる様にです。そこから言えるのは、ものごとへの評価はどういう見方や捉え方をするかで大きく変わってしまうということです。自分を否定したり責めたりしてしまっている時というのは、一つの側面からしか見ることができない状態になってしまっていると言えます。ですので少し極端に言うのなら、「良い部分も絶対あるよ」という側面から見ても大丈夫なのです。

もちろん、頭ではわかっていてもなかなかそう切り替えられない、という場合も多いと思います。ですがそれでもマイナスな側面だけで捉えるのではなく、できるだけ多くの側面からフラットな感覚で捉えてみる。「今思っていることも一つの側面から見ているんだよな。けれど今とは違う別の側面もあるんだよな」という視点を持てることは、その後に結構大きな差を生みます。その様な視点で考える経験を繰り返していくことが、否定したり責めたりしてしまう感覚へのとらわれの度合いを確実に小さなものにしていくのです。

Share on Facebook0Tweet about this on Twitter0Share on Google+0Email this to someone

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です