例えば一人でいることが好きで落ち着くという人もいれば、友達と過ごす時間の方が好きな人もいる。弾む様な会話ができないことを悩んでいる人もいれば、会話が楽しくてしょうがないという人もいる。当たり前すぎて普段は考えない様なことかもしれませんが、私たちは一人一人が違った価値観を持った存在です。東京には今だいたい1300万人程の人が生活している様ですが、つまりそれは1300万通りの人がいるということです。そして日本という規模で見るのなら1億2000万通りの人がいて、1億2000万通りもの違いがそこにはあります。その一方で「こうすることが良い」「こうしていくことが普通だ」と一般的に思われているものは、1億2000万通りの違いと比べたらとても少ない数だと言えます。

「こうすることが良い」「こうしていくことが普通だ」とされる通りのことができてそうすることに不満も疑問も感じないのなら、それはそれで何の問題もないと思います。どんどんやっていけばいいでしょう。ですが1億2000万通りもの人たちがいるのなら、その通りにしていくことを窮屈に感じる人だって出てきます。その当たり前の状況がある中で、良いとされていることの通りにする必要が本当にあるのか。一人一人違う人たちが何となく普通だと思われていることと同じにする必要が本当にあるのか。

様々な意見があるとは思いますが私はそうは思わないんですね。そもそも一人一人は大きく違うのに、なぜ誰が決めたのかわからない様な良いとされていることの通りにする必要があるのでしょうか。何となく普通だと思われていることの通りにできない自分を嫌い蔑む必要がどこにあるのでしょうか。良いとされていることの通りにしないといけない必要は、誰かと同じ様にしないといけない理由は本来はどこにもないのです。あの人がこう言ったからとかみんながこうしているからではなく、「自分はどう思うのか」「自分はどうしたいのか」「自分はどうなりたいのか」ということをもっと大切にしてもいい。

コーチングの理論を自分の日常に取り入れていこうとする時、その中心となるのは「こうありたい」と心から思える『ゴール』です。そしてゴールとは自分自身で自由に決めるもの。他の誰かが決める様なものではありません。だからこそ一人一人が決めるゴールは違ったものになりますし、それでいいのです。一人一人が自分の人生を生きている以上、それをどう生きるかは自分で決めていく方が自然なはずだから。そしてもちろんそうするかどうかすらも一人一人が自分で決めていいこと。ですがもし心の中に何か引っかかるものがあるのなら、一度試してみるのもいいのではないかと思います。はじめは怖いかもしれませんし、何から手を付ければいいのかさっぱり見えてこないかもしれません。でもそれでいいのです。だからこそその先に自分自身の変化が待っているのです。

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