私の個人的な話なのですが、何気なくフラッと本屋に入って店内を歩きながら本を眺めていくことをよくやったりします。そうやって本棚に収まっている様々な本を眺めていると、いつも感じることがあります。それは「自分は知らないことが本当にたくさんある。知っていることよりも知らないことの方が遥かに多い」という感覚です。様々なコーナーをめぐりながら本棚に収まっている本の背表紙を一冊一冊眺めていくと、よく知っている言葉もあればちょっと聞いたことがある言葉もある。何となく内容を推測できる言葉もあれば、どんな内容なのかさっぱりわからない言葉もある。そしてそのさっぱりわからない本を手に取ってみてパラパラとめくってみると、やっぱりよくわからない。ただその「よくわからない」は私にとってはちょっとワクワクすることでもあります。その本の中には私がまだ知らない何らかの知識が込められているということであり、そして私がよく知らない分野の中で物事を深く突き詰めている人がいるということ。そういったことを考えていると何だかワクワクしてくる。そこにはまだ知らない、私にとっての新しい何かが開けていく可能性があるかもしれないからです。

私たちはいろんなものごとに対して、「これはこういうものだ」「あれはああいうものだ」という価値観を持っています。その価値観に沿って目の前のものごとや今自分が置かれている状況を評価・判断し、何らかの行動を起こしていく。そしてその一つ一つの「これはこういうものだ」という価値観を吟味してみると、これまで学んできた様々な知識や、嬉しい・楽しい・悔しいといった強い感情を伴う過去の経験、つまり全て記憶を元に形成されていることがわかります。ここでふと考えてみると、私も含め一人一人がこれまで全ての物事や状況を見聞きし体験してきたかというと決してそんなことはありません。かなり一部のことしか経験してきていないはずです。ということは何となく「これはこういうものだ」だけで物事や状況を評価・判断し行動を起こすということは、実はすごく限られた範囲の中でしか決めることができていないと言える。

本棚に並ぶ本を眺め、時には手に取ってみたりしてみてよくわからない内容を見ているとそういったことに否応なく気付かされます。「…あぁ、まだまだ俺は全然知らないな」と。ですがそれは見方を変えれば、まだ自分には観えていない可能性が山のようにある、とも考えることができる。これからそれらを知っていき自分の中の価値観を変化させていけば、自分を取り巻く様々なことにも変化を加えることができるからです。「よくわからない」「興味がない」ということにあえて触れてみることで観えにくくなっていたいろんなことが観えてくることがあります。そしてそこに今問題だと感じているものを解決へと進める、新しい何かがあるかもしれません。

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