私自身も以前そうだったのですが、吃音で悩んでいる時はいかに吃音を失くすかということが、当人にとってとても重要な問題として心の中に居座っていると思います。これまでうまく喋れないということで、自分の思考や行動が大きく制限されてきたと感じてきた経験があり、これからそれが続いていくかもしれないのをどうしても変えたいと思うからです。そういった思いがあるからこそ様々なことを変えようとしていけるとも言えるので、そのように思うことが悪いというわけではありません。ただ一方でその思いがあまりに強すぎると、かえって吃音を変えづらくなってしまう場合もあります。

強すぎる「克服したい」が今の自分を縛ってしまう

吃音を持つ人が全ての状況で全く同じように喋れないかというと決してそうではありません。一人の時なら言えるけど誰かを前にすると言えない、対面なら言えるけど電話では言えない、いつも言えない言葉がなぜかスムーズに言える時もある、のようにです。私自身、自分の名前の「ひがし」の「ひ」が苦手だったのですが一人の時なら何の問題もなく言えていました。そこから推測できること。それは吃音を持つ人であったとしても、スムーズに言葉を話すための脳内の神経経路や身体器官の仕組みといった、喋るために必要になる物理的な要素はすでに形成されているということです。でなければ一人の時なら言えるけど誰かを前にすると言えない、なんてことは起こりえないはずです。

じゃあ何が言葉をうまく喋らなくさせているのかというと、どの抽象度のレベルで言うのかによっても変わってくるものの、今自分が置かれている状況をどのように認識しているのか、目の前の状況を自分にとってどのような意味がある状況だと認識しているのかといったことが大きく左右すると言えます。だからこそ吃音を変える時は自分が持つ認識の仕組み、もっとシンプルに言うのなら、ものごとの見方や感じ方の癖のようなものを変えていくことが、とても大切になってくる。ただ、「吃音を克服したい」という気持ちにあまりに強くとらわれてしまっているとなかなかそうすることが難しい場合が多いんですね。その状態というのは、いかに吃音を抑えるかということに意識が強く向いています。だから嫌が応にも目の前の状況を認識する時に吃音を意識せざるを得なくなるのです。

認識を自分で作り上げていく

コーチングの理論で説かれている内容を実践することは吃音を変える上でも有効に作用する。私はそのように考えています。もちろんそれは、コーチングによって吃音を変えることができたという私自身の経験があるからということもありますが、それだけでなく上に書いたように吃音を変えるには認識を変えることが重要になるからです。

コーチングの理論で説かれている内容をあえてシンプルに言うのなら、望む現実を作り出すためのマインド(脳と心)の上手な使い方、という風に言うことができます。そしてそのマインドの上手な使い方の本質の一つに、いかに今現在の自分の認識を変えていくかがあります。これまでの自分と同じようにものごとを考え、選び、行動していては、つまりこれまでと同じようにものごとを認識していては今の自分や取り巻く状況は変えられないからです。コーチングを通して今現在の自分の認識の癖を知り、それを変えていくこと。そうすることは吃音を変えていく上でも必ず大きな意味を持つはずです。吃音にとらわれていない自分は今の目の前の状況をどのように認識するでしょうか。

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