例えばテレビに出ている人を観て、「カッコいい人だな」「この人面白いな」と思ったり。例えば、学校の先生から「優秀な生徒はこういう生徒だ」と言われて自然とそういう風に振る舞ったり。テレビや雑誌で見聞きしたものごと、親や学校の先生といった周囲の人たちから言われたものごと。そういったことを見たり聞いたりしながら、「そういう人間にならないといけないんだな‥」と思ってきた方は、結構多いのではないでしょうか。

私自身、以前はテレビをよく観ていました。そしてその中で観た「この人カッコいいな」と思う人の雰囲気を真似してカッコいい自分になろうとしたり、バラエティに出ている人たちのような受け答えをすることが面白いことなんだと思っていた。あとは学生の頃、どちらかというと「優秀な方だね」と言われるように過ごしてきました。先生が言うことや学校の規則は守って当たり前、そこに疑問を抱いて違うことをやるなんてことはほとんど考えていなかった。むしろ規則を破ることにちょっとした嫌悪感のようなものを感じるくらいでした。

ただ今はそうではなくなりました。誰かが言ったことには「どうしてかな?」「自分ならどうするかな」と考えるようになった。コーチングを実践することで無意識での思考や行動をモニタリングすることが身についてきたからなのですが、そうやっていると本当に強く感じることがあります。それはいかに自分がこれまで深く考えることなく、周囲の人が言っていたことを『正しいこと』として受け入れてきたかということです。

テレビから流れてくる「こうすると面白いですよ」も、周りの人が言う「こうした方がよくなるよ」も、確かにそうすると面白いかもしれないし、そうした方がよくなるのかもしれない。ただそれらは一つの考え方やあり方ややり方でしかなくて、あくまでもある状況における一つの選択肢なんですよね。だから「こうすると面白いですよ」以外にもっと面白くするやり方があるかもしれないし、「こうした方がよくなるよ」以外にもっといいやり方があるかもしれない。もっと言えば、そもそも自分の本心としてはそんなに面白くしたいわけではないのかもしれないし、本当はもっと違うことをやりたいと思っているのかもしれない。ただほとんどは自分はどう思うのか、どうしたいのか、どう考えるのか、ということにしっかり目を向けることはなく、「テレビで流れているから正しいだろう」「あの人が言うから正しいだろう」で判断してしまう。

コーチングの理論に登場する概念の中でも特に大切な、「ゴール」と呼ばれるものがあります。ゴールとは達成したいと思うことや、こうありたいと思う未来の自分の姿のこと。一般的な言葉では夢とか目標といった言葉を使うと思いますが、コーチングではゴールと言っています。ただ「やりたいことなんてない…」と思っている人が結構多いように、ゴールが見つからないということで悩む人が結構多かったりする。その理由はそんな簡単なものではないと思いますが、その一つとして、自分自身が感じたことや考えることよりもどこかで見たこと、誰かから聞いたことをそのまま受け入れるのが当たり前になっている、ということがあるんじゃないかと私は感じています。

ゴールというのはもちろん『やりたいこと』です。そしてその「やりたいかどうか」というのは自分にしかわからないもの。他人が決められるものではありません。ただ誰かから聞いたことをそのまま受け入れることが当たり前になりすぎていると、「やりたいかどうか」という自分の感覚がすごく見えづらくなってしまう。だからこそ自分が感じること、思うこと、考えることにもっと敏感になって、もっと大切にしていいと私は感じています。何かで見たことや誰かが言ったことをただ受け入れるだけじゃなくて、自分が感じること、思うこと、考えることにもしっかりと目を向けていく。些細なことかもしれませんが本気で情熱を傾けられることをベースに今の自分や状況を変えていく上で、意外と大切なことでもあるのです。

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