淹れたコーヒーが入っているカップと水が入ったペットボトルが私の目の前にある。周りにはゆっくりとコーヒーを飲んでいる人たちがいる。集中してmacbookに文章を打ち込んでいる外国の方、楽しそうに会話している女性の二人組。

ゆったりとしたリズムのジャズや周りの人たちが楽しそうに喋る声が、耳には聞こえている。お尻には座っているイスの、背中にはイスの背もたれの感触を感じている。着ている服の触感が身体全体に広がっていて、その一段深いところには程よく力が抜けている自分の筋肉の感覚がある。

今この文章を書きながら、こうやって五感で見て聞いて感じていることを意識に上げてみると、そこにはたくさんの情報があることに気付きます。

『現在の認識は過去の記憶でできている』

私が学んできた(学んでいる)コーチングプログラムの開発者である苫米地英人博士がよく言われる言葉です。その言葉について考えながら普段何気なく五感で見聞きしている情報を意識に上げてみると、「確かに記憶があるから、今目の前にこれがあるとわかるんだよね…」ということがよくわかります。

「コーヒーが入っているカップ」「ゆったりとしたリズムのジャズ」「楽しそうな声」私がこの様に認識できたのも、私の記憶の中に「これこれこういうものはコーヒー」「これこれこういうものはカップ」「こんな感じの音ならジャズ」「こういうトーンは楽しそうな声」といった一塊のパターンの様なものがあって、五感で知覚した情報を「このパターンと合致する」と脳内で解析したからこそ、そう認識できた。

五感で知覚する情報を、自分にとって何らかの意味のあるものとして認識することができるのは、『現在の認識は、過去の記憶でできている』のとおり、五感で知覚した情報と過去の記憶を照合するという仕組みが脳に備わっているからこそなんですよね。

そしてこれは、人が何かのものごとを認識する全ての状況において、同じことが言えます。例えば喋るタイミングで「また言えなかったらどうしよう…」と思うのは、喋るという目の前の状況をうまく喋れずにイヤな気持ちを感じた記憶と照合してしまっているからこそ、そう思う。例えば「ありがとう」という文字を認識できるのも、目の前の「ありがとう」という文字を自分が持っている「ありがとう」という言葉の知識(記憶)と照合できたから、そう認識できる。

そうやって普段自分が何気なく行っている様々な認識について観察したり考えたりしていると、あることに気が付きます。それは人は記憶があるからこそものごとを認識できるけれど、逆にその記憶が自分を縛っているとも言えるということ。

例えば何かに対して「これは自分にはできないな…」と思ってしまうのも、「自分はこんなことができる能力を持っている」といった過去の記憶を元にして、その何かを「これは私の能力の範疇を超えているものだ」と判断したからこそそう思ってしまう。

今の自分が持っている記憶を超えていく

自分を変えていく。自分を高め、成長させていく。それをもっと具体的に言うのなら、今の自分にはうまくできないことをできる様になっていく。自分の当たり前の基準を変えていく。この様に言いかえることができると思いますが、それはつまり自分の今現在の記憶を超えていく、自分の今現在の記憶の状態を変えていくということになります。上に書いたとおり「できる」のか「できない」のかは、今の自分が何をどの様に記憶しているかで大きく変わってくるからです。

日常の何気ない状況やものごと。普段自分が当たり前に下す判断。普段からそういったものに対して、「こう思ったのは自分のどんな記憶が関わっているんだろう…」と考えを巡らせてみると、自分を現状に留める様に働く記憶がわかったりと、いろいろな気付きがあります。そしてそれに気付き、自分で変えていける様になることは、コーチングでの中心的なテーマでもあります。

Share on Facebook0Tweet about this on Twitter0Share on Google+0Email this to someone

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です