例えば、職場で新しく入ってきた人に対して自己紹介をする時。「初めまして、◯◯です。よろしくお願いします。」のように、自分の名前を相手に伝えると思います。ただ吃音を持つ人だとそうすることがうまくいかないことがある。特に、自分の名前を相手に伝えることに強い苦手意識を持っている人にとっては、それが脅威に思えてしまい、大きなプレッシャーを感じてしまうもの。

私自身、「ひがし」の「ひ」がどうにも苦手でした。だから自分の名前を相手に伝えなければならない場面は、毎回とても緊張していました。自分の名前を伝えないといけない場面に遭遇すると「やばい、名前言わないと…。ひがし、ひがし、ひがし、ひがし、…」と、ひたすら心の中で「ひがし」を発するためのリハーサルをやっていた。本当にヒヤヒヤものです。そしてそれでうまく発せられればいいのですが、うまくいかずに言葉が出てこなくなってしまう時も少なからずあった。むしろ出てこなかった時の方が多いんじゃないかというぐらいです。

そんな時は大体、相手が「‥?」と怪訝な顔になり「‥どうしました!?」とか「え?自分の名前忘れたの?」といった反応を見せてくるので、そのタイミングで「あ〜、すいません、‥‥、ひ、ひがしと言います」と言って、笑ってごまかしながら伝えて切り抜けたり。そういう時は大抵、うまく言えなかったことへのモヤモヤ感や自分に対する憤りが私の心を激しく襲っていました。

希望 < 恐怖

自分の名前を相手に伝えることが苦手。この一見当たり前にできると思われていることへの苦手意識は、いろいろな問題を引き起こします。例えば何か新しいことを始める時。ほとんどの場合これまでとは違う人との関わりが生まれます。そしてそこではほぼ必ず、苦手としている自己紹介がある。

吃音を持つ人で「言葉が出てこなくなったところを見られたくない」と思っている人は意外と多い。だから人によっては「自己紹介があるな…。…やっぱり始めるのはやめとこう」と新しく何かを始めること自体を諦めてしまう、なんてこともあります。『新しいことへの希望』と『言葉が出ない自分を見られる恐怖』を天秤にかけた時、後者が上回ってしまうんですよね。私自身そういったことは何度も経験してきました。

ただそれは、自分の中に眠っている新しい可能性を開くチャンスを逃してしまうということでもあります。そして新しいことへのチャレンジを「吃音があるから…」とやめてしまう経験を積めば積むほど「自分はどうせ…」と、どんどん自分自身に対する評価を下げていってしまう。自分の心の中に「これを始めたい」という小さな希望を抱けどそれは希望のまま終わっていく。そのような経験を何度も繰り返せば「自分はできない…」という思いが強くなっていくことは至極当然のことだからです。

今の自分から自由になる

さらに言えば、吃音の表面的な症状は言葉が出にくいというものですが、人によってはその症状自体は年齢を重ねるにつれて少なくなっていくという方もいます。ただ幸運にもそうなっていったとしても、それまでの経験によって形成してきた心の状態はそうはいかないことが多い。表面的な症状はそんなになかったとしても、症状に悩んでいた頃の経験をベースにものごとの考え方や捉え方を作ってしまい、それが自分の可能性を狭めるように働いてしまいがちなのです。

私は、吃音を持っている人がコーチングの理論を自分の生活に取り入れてみる事で、それが吃音に及ぼす影響はとても大きいと思っています。吃音の症状は今の自分の心の状態に大きく左右されるものです。そしてその心の状態と呼ばれるものは、今現在の自分の物事の考え方や価値観の相互作用としてあるもの。コーチングの理論で説明されるマインド(脳と心)の使い方は、その物事の考え方や価値観からいかに自分を自由にしていくか、という観点で設計されています。だからこそコーチングで心の上手な使い方を体得していく事で、その症状もより緩やかなものになると言えるのです。

 

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