朝目を覚まし、顔を洗い、軽い朝食を済ませ、服を着替え、家を出る。駅まで歩き、電車に乗り、スマホでニュースをチェックする。電車から降り、改札を出て、コンビニに寄り、会社まで歩く。オフィスに入り、上司や同僚に「おはようございます」と挨拶し、PCを立ち上げ、メールをチェックし、今日のタスクを洗い出す。

普段の生活で自分が何気なく行っていることを一つ一つ意識に上げてみると、思った以上にたくさんのことをこなしている自分に気が付きます。そしてそれらは「今からこれをやる」と意識せずとも当たり前のようにできている。「左足を上げて、右手を前に出して…」と考えなくても自然と歩くことができるし、「電源ボタンを押してパスワードを入力して、ブラウザアプリのアイコンをタッチして…」と考えなくてもスマホを扱うことができる。

そういった『何気なくやっていること』『当たり前にやっていること』をあえて意識に上げてじっと観察してみると、いろんなことが観えてきます。その一つが『何気なくやっていること』『当たり前にやっていること』だとしても、実際は常に目の前の状況や自分の内的な状態に合わせ、これから起こすことを選択した上で行動しているということです。

例えば今あなたはこの文章を読んでいますが、それもあなた自身が「どんなことが書いてあるんだろう。ちょっと読んでみるかな」のようなことを思い、この文章を文章を読むということを選択したからだと思います。もしあなたが今コーヒーを飲んでいるのであれば「コーヒーほしいな」のような欲求をなんとなく認識し、コーヒーを飲むということを選択したはず。

『外側の状況』『内的な状態』といったものを元に認識し、認識を元に次に起こす行動を選択し、選択を元に実際に行動を起こす。そしてまた『外側の状況』『内的な状態』を元に認識し、次に起こす行動を選択し、…。よく言われることですが、あなたも私も彼も彼女も『何かを認識し、選択し、行動する』ということの連続の中で生きているんですよね。ほんのちょっとしたことであったとしてもそこには必ず認識があり、選択があり、行動がある。

そして通常であれば『何かを認識し、選択し、行動する』という一連の流れは、過去の記憶をベースとしそこからなるべくはみ出さないように行われていく。そうすることが一番リスクがないと無意識が判断しているからです。だからこれまで通りの状況や状態が続いていく。ただ逆に言うと、これまで通りの状況や状態からほとんど変わることがないと言える。

『何かを認識し、選択し、行動する』という一連の流れ。それを過去の記憶をベースとしたものにするのか、それとも未来のゴールのイメージをベースとしたものにするのか。それをどちらにするのかで、これからの自分がどのような『自分』になっていくのかが決まります。そしてそれを決めるのは、友達でもなければ恋人でもない。有名人の言葉でもなければ常識と呼ばれるものでもない。他でもない自分自身が決めること。自分自身が決めていいことなのです。

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