同じ空間を共有していても一人一人が認識している現実は、実際は微妙に違います。よく「フィルター」や「色眼鏡」といった言葉で形容される様な、自分なりのものの見方であり捉え方、考え方を通して目の前の状況を認識するからです。

だからこそ例えば、ある一つの映画に対して「最高に面白かったです!また観に行こうと思っています!」と褒め称えるもいれば、「なんか表現が稚拙で、正直観るに耐えられませんでしたね」と辛辣な評価を投げかける人もいれば、「あ〜、自分興味ないです。観には行かないと思います」と全く興味を示さない人もいる。

その映画そのものは誰に対しても同じ内容なはずですが(観る人によってストーリーが変わるなんて事はまずありません。逆にそれができればすごい事です)その映画に対する感想や評価は十人十色。そういった事が起こるのも、一人一人が違った「フィルター」や「色眼鏡」で現実を認識している事の証左です。

コーチングではそれを『人は自分にとって重要なものだけを見ようとする』といった表現で説明しますし、そのカラクリとしてはRASやブリーフシステムが機能した結果だと考えます。

そしてその伝から言える事は、今自分が何かや誰かに対して感じていたり、思っていたりする認識や感覚、感情といったものは、実は「フィルター」や「色眼鏡」によってある方向へ思いっきり歪んだものかもしれない、という事です。

自分が何かに対して感じる認識や感覚、そしてそれらの総体としてある自分にとっての現実。多くの場合、感じているその認識や感覚以外の、別な感じ方あるかもしれないなんて事を考える事はそうないと思います。ただ、その認識や感覚が「フィルター」や「色眼鏡」によったものである以上、実際はかなり多様な感じ方、認識や感覚があると言える。上の映画の例の様に「フィルター」や「色眼鏡」が変われば、結果としてそれらも大きく変わる事になるからです。

そして実際のところ「フィルター」や「色眼鏡」が変わる経験というのは、日常の中で私たちは何度も体感していたりもします。例えばこんな感じです。

休日の昼間にとあるファッション雑誌を読んでいて、たまたまその雑誌に掲載されていた時計の記事を読みながら「おお、この時計カッコいいな…」と思った。そしてその次の日、彼女とお買い物デートをしていたらたまたま雑誌で見た時計がお店で売られていて、当初は買う予定じゃなかったし、実際自分にとってはちょっと高価でもあるんだけど、欲しい気持ちに抗えず思わず買ってしまった。

大なり小なり誰もが似た様な経験があるんじゃないかと思います。こんなあるある話も分析的に考えると、雑誌に掲載されていた時計の記事を読み「おお、この時計カッコいいな…」と思い「フィルター」や「色眼鏡」が変わった事で、時計を買うに至る確率が飛躍的に高まった、という見方ができます。言い換えると、時計の記事を読んだ事でその時計が自分にとってより重要なもの、特別なものになったという事です。

ですのでおそらくその時計の記事を読んでいない状態だったら、お店にその時計が売られていた事すら気付かなかった可能性がありますし、気付いたとしても買うに至らなかった可能性も高い。雑誌を読んでいなければ、そもそもその時計は自分にとってそんなに重要なものではなかったからです。(もし仮にその時計の記事が広告だったとするのなら。良し悪しは別にせよ、まんまとしてやられていますね。)

何が言いたいかというと、今自分が持っている「フィルター」や「色眼鏡」は固定されているものじゃなく、変えていけるものだという事です。その設定はいじる事ができるし、色味の度合いも調整できる。だからこそ、もし今何かや誰かに対してどうにもできない様な、どこかお手上げな感覚を感じていたとしても、「この感覚以外の感じ方があるはずだ」「もっと良い状態にしていけるはずだ」と思っても大丈夫なのです。

今自分はどんな「フィルター」や「色眼鏡」を持っているのか。そして今自分が持っているものとは違う「フィルター」や「色眼鏡」を持っていたとしたら、自分にとっての現実はどの様に変わるのか。それをイメージしてみる事は、自分にまつわる物事を変えていくための最初の一歩だと言えます。

 

 

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