何かに対して「これ面白そうだ」と思ったり、何かに対して「ちょっとこれは無理そう」と思ったり、誰かに対して「この人は信頼できそう」と思ったり。何かや誰かに対しての印象、イメージ、心証。普段の日常を過ごす中で、そういった事を感じたり、思ったりする事はたくさんあると思います。今この文章を読んでいるあなたも、今日のこれまでの事を振り返ってみてもらうだけで、きっとそれらがたくさん出てくるはずです。それは仕事をしている時だったかもしれないし、プライベートの時間での事だったかもしれない。

私達が何かや誰かに対して「これ面白そうだ」とか「この人は信頼できそう」と思うという行為は、言い換えるとその何かや誰かを評価している、自分にとっての位置付けを判断しているという事。そして評価や位置付けを判断したという事は、そこには何らかの「基準」があったという事でもあります。それがない状態では評価のしようがないからです。

そしてその印象やイメージというのは、多くの場合そう感じよう、思おうとしなくても自然と浮かんでくると思います。「これ面白そうだ」とか「この人は信頼できそう」と思った時は、意図してそう思ったわけではなく、ほとんど無意識で瞬間的にそう思ったはず。ですのでそう思うに至った「基準」はなかなか気付きにくいんですよね。ただだからと言ってそれがないというわけでもありません。繰り返しますがそれがない状態では何かを評価しようがないからです。

では、私達が持っているその「基準」が何なのかと考えると、それは私達一人一人が個別に経験してきた過去の経験です。より正確に言うと、過去の様々な経験を基に形成してきた(ほとんどの場合意図してそうしてきたわけではないはずなので「されてきた」という表現が正しいかもしれません)、今現在の自分の記憶。ですので「これ面白そうだ」とか「この人は信頼できそう」という印象も、ほとんどが自分の過去の何らかの経験に基づくものだと言えるのです。

その事自体に本質的に良し悪しがあるわけではありません。ただ「今の自分をもっと成長させたい」「今の自分をもっとより良くしていきたい」の様に「今の自分や状況をもっと変えていきたい」と思っていて、そして実際にそうしていこうと思っている時は、その「過去の経験に基づく記憶を基準に、物事を判断する」という事がその意図を阻害する様に働いてしまう場合も多かったりします。

例えば何かに対して「自分にはできない」と感じ、その何かをやってみる事を断念しているという状況があるとする。この時、その「自分にはできない」と感じた事も、自分の過去の経験に基づく何らかの基準となっているものと比較し、自分にとっての位置付けを同定した結果としてあるものです。

ここで冷静に考えてみると、それはあくまで「過去の経験に基づく基準」なんですね。過去の状態が未来もずっと続くかというとそんなわけはない。現在の自分の生活と10年前の自分の生活を比べればそれはすぐにわかると思います。同じ様に「できない」という状態がこれからもずっと続くかというと、決してそういうわけではないのです。

無論、それを今すぐできる様になるかというとそうはいかないかもしれませんが(そうなる場合もあります)、「既にできている自分」をイメージし想定しながら試行錯誤を繰り返す事で、できる様になる可能性はどんどん高まっていきます。そしてだからこそ自分は成長していくのであり、変わっている自分を実感する事もできる。

普段の日常の中で何かや誰かに対して感じ、思う、印象やイメージ。その基となった過去の経験による基準を自分なりに分析し、その一つ一つを「ゴール側の自分が持っているであろう基準」に切り替えていく。そうする事で確実にゴール側の自分自身へと近づいていけるのです。

 

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